ダメ人間ブログ【ニートの愚痴と将棋の記録】

30代職歴なしニートの闇を放出してるブログです

「人間、誰しも才能はある」とは言うけれど「悪い才能を持った気の毒な人もいるよな」と思ったニートの話

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30代職歴なし、ニートの天才だった可能性のあるニートです、こんにちは。


最近、ちょっと気になる言葉を耳にしました。


それが・・・


人間、誰しも才能がある


という言葉です。


誰しも才能がある?


ホント?


嘘じゃない?


だって私、何の才能もないよ?


好きでやってた将棋もあんまり強くなれなかったし・・・


ブログもその辺の人とあんまり変わらない平凡な文章しか書けないし・・・


何をやっても普通の人くらいにしかできず、上に立てるような人間ではなかったし・・・


今まで生きてきた30数年、才能の欠片すら見えたことがありません・・・


でも「人間、誰しも才能はある」っていう言葉が本当なら、私にも何か才能があるんですよね?


どんな才能なのか・・・ちょっと興味があります・・・


才能・・・才能ねぇ・・・


何かあるかな・・・


才能っていうのは人より秀でた能力みたいなものだよね?


越えられない壁を越えてしまう潜在能力というか・・・


人より秀でていて、越えられない壁を越えてしまったものか・・・


う~む・・・


私の才能って何なんだろう・・・


ちょっと真剣に考えてみました。


何かないだろうかと、希望のある答えが・・・


「1つでも才能を見つけてニート人生に希望を見出したい」と言わんばかりにね。


そう考えた結果、前向きな才能が見つからず、ある悲しい結論に行き着きました・・・


あ、私の才能って「ニート」なのかも


って。


人より秀でていて、越えられない壁を越えた・・・


その条件を考えた時、1つだけメッチャ当てはまったのがこれだったんです・・・


ニート・・・


ニートの才能


ニート界の天才って言われるとちょっとしっくりくるような・・・


だって私よりニートできてる人ってそういないでしょ?


ネットの世界でもなかなかニートの10年選手って見ませんし、越えられない壁を越えたけっこうレベルの高いニートなんじゃないかと思います。


おまけに10数年ニートしていても、精神が病まず、働かなくても平気で、のん気に暮らしてる・・・


子供の頃から将来の夢がなかったので「子供の頃に将来の夢がないとニートになりやすい」っていうニートの才能みたいなのも当てはまるし・・・


まさにニートになるべくしてなったニート界の天才児だったんじゃないだろうか・・・


これはありえる・・・


才能はないと思っていたら、実はニート界の天才だった可能性が濃厚でした・・・


ニートの才能を持って生まれ、ニートになるべくしてなったエリートニート・・・


それが私・・・


そう思って色々見直してみると、ニートとしての才能がけっこう出てきました。


ニートの才能なんて嫌だ、もっと普通の才能が欲しい


そう否定したいにも関わらず、否定しきれないほどの才能の片鱗がね・・・


あぁ・・・私はニートになるべくしてなった本物のニートなんだというのを認めるしかないのかもしれません・・・


今回は、否定したくてもし切れない、そんな気の毒な才能を持ってしまったニートの悲しい現実を書いてみたいと思います。


才能なんて良いものばっかりじゃないんだ・・・


そんな現実を伝えられたらいいかなと思います。


絶望ニートブログが2年以上できるという人より秀でたネガティブ感

まず、ニートの才能があると感じるのはコレ。


絶望系ニートブログをやってもネタが尽きないし、おまけに心が病まずにいられる


これを聞いた時、


「ニートが絶望系ニートブログをやり続けられるなんて別に普通の事じゃない?暗い人生を送ってるニートなんだから」


って思う人もいるかもしれません。


ほとんどの人が「別にこれくらい、ニートなら普通だろ?」って感じに捉えてるかもしれませんが、実はコレ、どんなニートでもできる事ではないみたいなんですよ。


というのも、昔、こんなコメントをもらった事があったからです。


私もネガティブ系のニートブログをやってみたんですが、ヤスさんみたいにネガティブなネタがそこまで浮かびません

ネガティブだと思っていたけどそうでもなかったみたいです

書いてて辛くなりますし、これだけ書けるってすごいですね


普通のニートの方だと、ここまでネガティブなニートネタって浮かばないみたいです。


実際、ネガティブって言っても本当に落ち込んでる人はそこまでいないので、書けても10記事くらいなのかもしれませんね。


それに、やっぱり書いてて辛くなったりもするみたいなんですよ。


自分のダメな現状が書いている本人に伝わりすぎていたたまれなくなって・・・


でも私の場合、気が付けばネガティブニートネタで100記事以上書いてますし、それだけネガティブに溢れたニート生活を送れる環境にいたって事なのかもしれません。


そして、それだけネガティブな環境にいても耐えられるだけの精神を持っていたという事でもあるんですよね。


おまけに書いたら落ち込むどころか吐き出せてスッキリしてますし、なんか普通の人とは感覚が違うような気がします。


これこそが越えられない壁を越えられる要素なんじゃないかと思ったり・・・


捉えようによっては一種の才能ですよね。


普通のニートにはできない事をなんとなくこなせている・・・


ヤベェよ・・・才能であってほしくないけど否定できないよ・・・


ブログという何気ないものだけど、こういう面でニートとしての才能に気づいちゃうっていうのは悲しいですね・・・


私には隠し切れないニートの才能があるのかもしれません。


絶望系ニートブログができるくらいネガティブニート生活に溶け込めた

人より秀でたネガティブ感でネガティブネタが溢れてくる

ネガティブネタを書くとスッキリして落ち込まない


これらの要素は普通のニートでは到達できない領域みたいですしね。


はぁ・・・絶望ネガティブ記事で病んでしまうような普通の精神が欲しかったわ・・・


もうニートから抜け出せない感ありまくりだし、希望の欠片もないですよ・・・


楽しく自分のダメさを愚痴れてるってマズイ事なのかもしれませんね。


開き直りの境地っていう感じですし・・・


あぁ・・・困った・・・


ニートの才能があったと認めなきゃいけなくなる・・・


どうしたもんかな・・・


ニートでいても精神が病みすぎない才能

ネガティブニート生活、そしてブログを続けられる要素として欠かせないこんな才能も持っています。


ニートでいても精神が病みすぎない才能


病まないとはいいつつも、ちょっとは落ち込んでるんですよ。


現状がダメなのは分かってますし、このままではいられないのも分かってますし・・・


いつかは立ち向かわなきゃいけない困難を目の前にして悩み苦しんだりしています。


でも、気が付いたらこういうニートの才能と結びつく精神をもってしまっていたんです。


働かないプレッシャーに押しつぶされない

受け流すくらいの心が出来上がっている


ちょっとは悩みつつも、長い長いニート生活で気が付かないうちに働かない事が普通に感じられるような図太い精神を持ってしまったんです。


なんだかんだ言いつつものらりくらり精神が崩れずにいられるのがその証拠ですね。


これ、普通の人はここまで振り切れないみたいです。


どこかで自分を責めて、ダメな自分を受け入れられず、どうにかこうにか社会復帰していくみたいなんですよ。


ダメな自分に耐えられなくて、ちゃんとした自分に戻っていくようにね。


「いつまでも後ろ向きでいたら倒れてしまう・・・前を向かなければ・・・前を向け!前を向くんだ!」


って感じで頑張るみたいです。


これが私には無かった・・・


そういう前向きな精神が私には欠落してるんですよね・・・


なんていうのかな・・・後ろ向きすぎて後ろが前になっちゃったみたいな・・・


絶望をスルーしてそれをかわし続ける術を持ってしまったというか・・・


ニート特有の悩みに対して、ちょっと異常な感じの耐性を持ってしまったのかもしれません・・・


よく、絶望系の記事で「辛い」とか「病んでる」とか言ってるけど、けっこう大丈夫なのは事実ですし・・・


というか、吐き出しちゃうとホントにスッキリしちゃって乗り越えられちゃうんだよね。


普通の人はちょっとやそっとじゃ乗り越えられない絶望を軽いものにしてしまっている事実・・・


これはニートでい続けるためには欠かせない条件なので、まさに才能ですね・・・


普通なら精神を支えきれずにうつ病コースなのに・・・


10数年、ずっとダメなのにうつ病になってないのを見ると意外とメンタルは好調なのかもしれません。


ニートメンタルという絶望に耐えうる強靭なメンタルを持ってしまった事が才能といっても過言じゃありません。


はぁ・・・普通の人は10年以上もニートできないのに普通に乗り越えちゃったからなぁ・・・


どこかでいたたまれなくなって自発的に脱ニートをする日が来るかと思ったら来なかったし・・・


もうちょっと絶望への耐性を下げて、落ち込むような精神にならないとダメみたいですね・・・


現状も絶望は絶望なんだけどなぁ・・・本気になるほど落ち込んでないってのがダメだよね・・・


弱いと思っていたら実はニートとして成立する絶望耐性を普通に持ってしまっていたとは・・・


思えば昔から悩んでるつもりでそこまでじゃなかったし・・・


私はニートになったらずっとニートでい続けられる才能を天から与えられていた存在なのかもしれません。


10数年前の20歳、何の才能もなかった人間が、ニートになったことでその才能が目覚めてしまったんでしょうね。


気が付かない内にそれによってメンタルが支えられていたとなると、もうニートとして生きるしか道はないのかもしれません。


けっこう他の事では悩むのに、ニートの現状となると悩んでも病まないなんて・・・


ホント、ニート界の天才だわ・・・


ちょっとは自分を否定して社会に踏み出さなきゃいられない精神が欲しかったかも・・・


社会に出ていない事に耐えられなくて社会復帰を目指す心か・・・


なんか遠い遠い手の届かない世界の幻影みたいな感じだわ・・・


ニート的には最強でも、社会的にはゴミクズだわなぁ・・・


はぁ・・・ちょっとはまともな精神が欲しかったよ・・・


どうにかしてくれ・・・


暇をそこまで苦痛に感じない才能

他にも、ニートでい続けるための苦痛を乗り越える才能を持っていました。


というのも、ニート生活の1つの課題として、


暇な毎日をどう過ごすか


というのがあるんですが、これをなんだかんだ普通に乗り越えていたからです。


「暇?そんなの地獄じゃなくね?天国でしょ」


と思うかもしれません。


でもね、これが楽に見えてそうじゃなく、けっこう乗り越えられない人が多い課題なんですよ。


最初の頃はゲームとか趣味とかやる事がいっぱいあって楽しいニート生活ですが、数年続くとそういう感覚もなくなってくるからです。


すべてをやり尽くして刺激が失われて何も手につかなくなってきますからね。


新しいことに挑戦する意欲もなくなり、何をしていいか分からなくなる・・・やる事がなくなってくる・・・


何もやる事がない・・・やる気もない・・・


こういう地獄に到達するんです・・・


まさに虚無と呼ぶにふさわしい無限ヒマ地獄です。


普通の人はこの段階に来ると、暇で退屈な日常に耐えきれず、やっぱり働いた方がいいと思い直し、社会復帰に向けて動くみたいですよ。


「もう趣味もやり尽くしたし、こんなに暇なら働いた方がマシ」って感じでね。


でも、私にはこの感覚がありませんでした。


暇になったけど、暇を苦痛に感じる壁を乗り越えて新たな趣味とかを見つけてしまう方向に動いてましたから・・・


暇になっても働くという方向には気が向かず、いかにこの暇な時間を有意義に過ごすかと考えてしまったんです。


この壁を越えてしまうかどうかで「まともに社会復帰できるのか」「ニートのまま過ごすのか」の分かれ道になりますね。


私はその越えてはいけない壁を越えてしまうニート側でした・・・


毎日15時間くらいある暇な時間をいかに退屈に感じずにやりすごすか・・・


そんな普通は越えられない壁、課題をけっこうあっさりと越えてしまった人間ですから・・・


ニートでい続ける人はこういう「退屈」という壁を乗り越えて「退屈」を「楽」に昇華させることができるんですよ。


何もせず部屋で何となく過ごす時間もリラックスタイムとして体が受け入れられる感じでね。


それに、色んな事に興味が尽きるタイミングでも新たな趣味を見つける事ができたりします。


私、ニート期間中にけっこうな数の趣味を見つけてきては没頭していた多趣味な人間だったりしますしね。


ブログもその1つです。これは真面目に記事を書くと2~3時間は時間を潰せるので重宝してますよ。


暇つぶしを見つける才能みたいなのがあったみたいで、なんだかんだ飽きることなく暇な時間を有効に使えています。


もうね、一生ヒマでもいいってくらい暇には強いですね。


毎日自由な時間が15時間くらいあると普通は苦痛になるみたいですが、私は別になんてことなく普通に過ごせますから。


この何気なくやっていることが普通の人にはできないっていう辺り、これも才能なのかもしれませんね。


10年以上もニート生活を満喫してしまうなんて・・・


まさにニートになるべくしてなったニート界のホープ・・・


本当にニートの才能を否定できなくなってきました・・・


部屋にひきこもれる才能

ニート生活を送る上で特に大切な事として、


ひきこもり生活に耐えられるか


というのがあります。


お金もなく、友達ともそんなに会えなくなりますし、外に出てもメリットがないので、自分の居場所である部屋にい続けても苦痛に感じないだけの精神が必要になります。


これが平穏なニート生活には欠かせませんからね。


でも、まともな精神が残っている人は部屋にひきこもってるというのが精神を病む原因になったりするみたいなんですよね。


このままじゃダメだ、外に出なきゃ、どうにかしなきゃ


みたいな葛藤に悩まされるみたいです。


それで耐えきれず外に出るなり社会復帰なりするみたいです。


でも、私にはこれがありませんでした。


ひきこもってる方が落ち着くっていうどうしようもないダメっぷりでしたからね。


部屋で過ごす時間こそ至高


これが昔から続くひきこもり精神であり、ニートの才能として潜在意識にあった感覚かもしれません。


この感覚があったからこそ、本来は苦痛であるニート生活を送っても病まずにいられたのかもしれませんね。


ホント、ひきこもり生活自体は何の苦痛もありませんから。


部屋でネットしてダラダラするのが癒されますしね。


部屋にひきこもれるっていうのはダメ人間になる条件の1つなのかもしれません。


これができるからこそニートでいられるっていうのはありますしね。


普通の人はこれができないって言いますし・・・


よくセミリタイアとか定年退職をすると暇で耐えられなくなる人が多いみたいですから。


まともな人は部屋でのんびり過ごすとか暇な時間を過ごすっていうのが苦痛になってしまうみたいなんですよ。


暇は牢獄


こんな言葉があったりするみたいですし・・・


そう考えると、部屋でひきこもるっていう究極の暇に耐えられる精神を持っていた事がニートの才能だったといっても間違いじゃありませんね。


子供の頃から自然と持っていた感覚なので、まさにニートになるべくしてなったニートです。


あぁ・・・どんどんニートの才能が濃厚になっていく・・・


本当にニートの天才なんだなと実感してきましたよ。


不自由なくニートできる環境があった

才能とはちょっと違うけど、境遇も才能の1つかなと思うのでこんな要素もあります。


そこまで不自由なくニートできる環境があった


どんな才能を持っていても環境がなければ成立しないですよね。


ある種、環境も才能の内と言えるかもしれません。


才能のあるスポーツ選手とかも、練習施設、指導者、優秀なチームなどがなければその才能は埋もれてしまったかもしれませんから。


その点でいうと、私はニートとして成立する環境が整っていたというのがあります。


まず、ニートの基本として存在するこれ。


親が生活費の面倒を見てくれる


家賃も光熱費も通信費も掛からない環境にいたっていうのがまず運がいいです。


生きられる場所が安定していたって事ですからね。


のん気に部屋でネットをしたりブログを更新したりできるのはこのおかげです。


そして、ニートの課題であるお金も適度に手にできるチャンスがありました。


農業の手伝いでお小遣いをもらえる


っていうのがあってね。


これが本当に運がよかったと思います。


お金をどうにか手に入れなきゃいけないのがニートの課題なんですが、それを定期的に叶えられる環境があったんですから。


親の実家が農家で、人手を必要としていて、そこに丁度ヒマなニートがピッタリ当てはまったという奇跡・・・


もしかしたらこれがなければお金がない苦痛なニート生活になっていたかもしれないので環境というのも大きな要素だと思いますね。


もともと持っていたニートになる潜在能力にプラスして、これらの最適な環境でニートの才能が開花したと言っても過言じゃないかもしれません。


こういう環境を持っていたというのもニートの才能と言えるかもしれませんね。


そう考えると、能力、素質、環境、そういった要素がピッタリ組み合わさって成り立ったわけで、天から与えられた才能といっても間違いじゃないかもしれません。


いや~ホント、どこを見ても才能だらけだわ・・・


今までやってきた他のものと比べると、いかに運命的な流れでニートになったのかっていうのを感じますね。


他の趣味とかじゃここまで条件はそろわずに何も達成できずに終わりましたからね。


私はニートになるべくしてなったニート


もう確定でいいんじゃないかと思ってしまいますね。


はぁ・・・やっぱり私が持っていた才能はニートだったのかもしれません。


1人に1つはある才能がそれかぁ・・・


なんて気の毒な才能を持って生まれてきてしまったんだか・・・


おまけにそれが開花しちゃったんだから救いようがないよね。


もうニートとして生きていくしかないニート界の天才なんだから・・・


ニートの天才


これからはこれを受け入れて本物のニートとして生きていこうと思います。


普通に生きてたら見つからなかった才能なのに・・・よく見つかったもんだよ・・・


ホント、運命だわな・・・


ニートの天才か・・・


まぁこれのおかげでブログもできてたりするし、0よりはマシだったと思うしかないかな・・・


どんな人間にも才能はある

でもそれが良い才能とは限らない


こういう事もある1つの例としてとらえてもらえるといいかなと思います。


最後に

才能というのは何気なく出来ていたり続けられているものの陰に隠れているそうです。


それは自分には容易くても、他人にとっては困難な事だったりするから・・・


あなたが何気なくやっていて簡単にできているちょっとしたものこそが才能なんだそうですよ。


そう考えると私にとっての才能はニートだったというのはしっくりくる事実ですね。


普通の人には越えられない壁や苦痛を何気なく越えていたわけですし・・・


良い感じに条件もそろってね。


子供の頃からの素質

ニートに適した能力

ニートとして生きていける環境


これらのすべてが見事に一致してニートになっちゃってますから言い訳もできません。


才能というのは気が付かないうちに天から導かれつつ達成されているものなのかもしれませんね。


ニートになった流れを見ると、子供の頃からこうなるように生きてきた感がありまくりですし・・・


そしてそれを伝えるべくブログなんてやっている・・・


完璧じゃね?


もうこういうブログを書くために幼少の頃から今日にまで導かれていた感が伝わってきますよ。


私はこれをやるために生まれてきたんだ


って感じでね。


今思えば、病気にならなければブログも始めなかったわけで、この病気も今につながる天からの道しるべだったんじゃ・・・


運命だと考えるとすべてが繋がってくる・・・人生って深いわ・・・


って、なんだこれ・・・悲しすぎるわ・・・


ニートになるために生きてきたってさ・・・否定したい事実ですよ・・・


でも、すべてがしっくり来すぎてて言い訳ができない・・・


まぁ人間もいっぱいいるからさ・・・こういう人生も1つの形として存在するのかもしれませんね・・・


はぁ・・・ハズレを引いた感ありまくりよ・・・


アタリの人生を引きたかったわぁ・・・


こうなっちゃった以上、人生の3分の1がハズレの人生だったのは否定できません。


残りの50年くらいをどうにか変えていかなきゃいけないみたいですね。


それには脱ニートが第一課題なんだけど・・・


ニート界の天才にそれができるのか・・・


才能を越えてまで社会に踏み出すのか・・・そりゃ不可能だわなぁ・・・


なんかニートとして生きる未来が訪れないかな・・・


一番現実的な所だとベーシックインカム導入を願うくらいしかないよね・・・


AIが早く発達して人間を助けてくれるようにならないかな・・・


そうなってくれたらニートとして生きてきた人生も納得がいく気がするからさ・・・


働かなくてよくなる未来が分かってて働かなかったんだ、未来の先取りだったんだよ


みたいな。


そうなれば暇を苦にしない私有利の時代がくるわけだしね。


はぁ・・・書いてて悲しくなってくるわ・・・


でも、もうそういう働かない未来しかニートの希望はないんだよね。


ベーシックインカムの導入・・・早く来てくれないかな・・・


ニート界の天才はそれを願っています。


AIの発達、もっと頑張って早めに人間から労働を奪って楽にしてください。


働かないことが変じゃない未来・・・そんなのが来てくれないかなぁ・・・