ダメ人間ブログ

30代職歴なしニートの闇を放出してるブログです

高校時代の友達とは疎遠になっていて友達の少ないニートが西野カナさんの「Best Friend」を聴いた時に思った事

30代職歴無し友達少ないニートです。こんにちは。


部屋にいて特にやる事ない時や、ブログを書いたりする時には無音だと寂しいので作業用BGMとしてYOUTUBEのKobasoloさんの動画を再生して聴いてる事が多いです。関連動画巡りみたいな感じ。


そんな中で、ある1曲がちょっと気になりました。関連動画にあったLefty Hand Creamさんという方の歌っていた西野カナさんの「Best Friend」です。コレです。


西野カナ『Best Friend』 Full cover by Lefty Hand Cream - YouTube


歌詞はこちら。


Best Friend 西野カナ - 歌詞タイム


ラジオでも卒業シーズンの2月~4月くらいによく流れている曲でちょっと耳にしている歌ではあったんですが、歌詞をちゃんと聴くほどではありませんでした。メロディーが耳に残ってる程度です。


でも、Lefty Hand Creamさんの声の可愛さや綺麗さにつられて歌詞もちゃんと聴いてみました。


そうしたら「あれ?何だろうこの違和感・・・」って感覚になったんです。


どちらかと言えば親友との明るい幸せな曲のはずなのに何か悲しい感じがしました・・・なんで?悲しい要素なんて無いのに・・・


歌詞をちゃんと聴けば聴くほど違和感がある・・・


私は高校時代の友達とはもう何年も連絡も取っていなくて、最後に会ったのは何年前か覚えてない位です。今遊んでる友達は地元に残ってる中学の時の友達一人しかいないんですけど、そういう悲しい状態だから友達との歌が悲しく感じるのともちょっと違う・・・


でも、何か引っかかりがあるまま何度か聴く内に違和感の理由にちょっと気付きました。


本当に友達いるの?

この「Best Friend」の歌を聴いて、詩をちゃんと読んでみて私が思ったのはこんな印象でした。


「友達が全然いない高校3年くらいの女子高生が、理想の親友像を思い浮かべながら部屋でノートに書いた詩みたい」


そんな空想で書かれたような何か内容が薄いこの詩から私が思ったのは・・・


「本当に友達いるの?」って事です。


親友との話を歌っているのに親友との具体的なエピソードが全然伝わってこない、漠然としすぎてるんです、これが違和感だったんだと思います。


だから友達がいない人が書いたように聞こえてしまってるんじゃないかと思います。


親友とのエピソードが薄すぎるんです。ただの理想論でしかない気がします。もっと具体的に親友との話を掘り下げて書いて良かったんじゃないかなぁ・・・って思いました。


自分だけの親友との体験を書いても似た体験をした人がいて、その時の気持ちが伝わるかもしれないのに、みんなに共感して貰うのに必死で単純でありきたりな出来事だけを書いている感じがして親友との事が何も伝わってこなかったんです。


あまりのエピソードの中身の無さに、想像だけで書いた感じが出てしまい「本当に友達いた?ぼっちじゃなかった?」って心配になってしまったのが違和感の正体でした。


まぁこの歌詞を書いている西野カナさんはこれだけ人気なんだから、学生時代もスクールカースト上位で友達も多くて明るくてみんなの中心の人気者だったんだろうからこんな心配は失礼なんですけどね。


ただ、そんな友達が多かった人が書いたとは思えない薄い詩だな・・・って感想でした。友達との経験が微塵も作詞に生きてない気がします。


友達ってけっこう変わるよね?

この詩でもう一つ、友達の話で「あれ?」って思ったのは「離れても何年経っても変わらない」という言葉でした。


友達と離れ離れになる本当の別れの体験をしていない、高校卒業を体験する前に書いた詩なのかな?ってイメージを持ちました。


これが理想論が強いなぁって印象が強い理由かもしれません。


だってさ、離れた友達ってけっこう変わるよね?


いや、私も高校卒業前や卒業直後の頃は、携帯の連絡先も知ってるし、いつでも連絡取れるし、卒業して10年後でもずっと変わらず仲良くいられるよなって思ってる時期があったんです。


でも、みんなそれぞれ大学、専門学校、就職とかで県外に出て行ったりして遠くに離れていくと、それぞれの新しい生活が始まって新しい仲間との付き合いが始まるじゃないですか。


高校の仲良かった友達とも卒業後2ヶ月くらいは連絡取っていたけど、それぞれ新しい生活先で新しい人間関係ができてきてからは自然とお互いに連絡を取らなくなっていきました。これって私だけ?


新しい生活がメインであって、高校の友達は過去の物になってもうメインではなくなるわけですし。今の生活に集中すると自然とそうなるよね?


「え?ずっと連絡は取ってるよ?お前変わってるな」って感じだったりするんでしょうか?だとしたらヤバイ・・・悲しすぎる・・・


県外に出て行った知り合いも、都会の空気を知ると地元を馬鹿にするように変わってしまった人もいましたよ・・・あと過剰な自信家になって戻ってきてたりね・・・もっと良い奴だったのに・・・


人って、環境や出会った人で性格もけっこう変わっちゃうもんなんだなぁ・・・って思いました。


中には「こいつ人間として成長して帰ってきたな」って人もいるので良い意味で変わったりもするので色々ですけどね。良い成長と悪い成長がある感じです。


性格の根っこの部分が昔と変わらないのは私と同じでずっと地元に残っている友達だけでした。今の唯一の友達です。


県外に行った友達と数年ぶりに再開すると、一瞬は高校時代の頃みたいな感じになるから変わらないなって思う瞬間もあります。


でも、やっぱりそれぞれ違う場所で生活して成長して新しい価値観とかを手に入れてるから、当然昔とはもう違うわけで・・・別人みたいにけっこう変わってるよね?


そんな感じで「何年経ってもずっと変わらない」って歌詞からは余計に「本当に友達いる?」って感じがしてしまいました。


卒業してから友達と付き合いがないんじゃないかなぁ・・・って。


まぁ高校卒業前の3年生の時に書いている詩を発表したっていうなら納得ですけどね。まだそういう体験が無いので・・・


あ、っていうか卒業前の高3くらいをターゲットに書いたからこんな詩なのかな?こっちの方が納得いく気がする。曲が売れる層を狙うに決まってるよね。


高校3年生に響けばいいんだからこの詩の内容はピッタリだよね。商業的な理由っていうならすごく納得しました。本当の所はどうなのか知らないんで勝手な予想ですけどね。


「綺麗」という言葉を使わずに「綺麗」を表現する

あ、そうそう、作詞活動についてちょっと思ったことがあります。


昔、国語の授業での文章で表現をする時の話で、こんな事を先生は言っていました。


「綺麗な風景を「綺麗」という言葉を使わずに、綺麗な風景の様子を文章で表現する事が大事です」って。


私が文章が苦手で作詞とか絶対無理って思うのはこれができないからです。


今見た綺麗な風景を「綺麗という言葉以外で相手に伝える」ってレベル高くないですか?言葉だけで見た風景を表現するってスゲー難しい。


でも、作詞活動をしている人は、これを普通にやらなきゃいけないんですよね。すごいです、尊敬します。


ただ「Best Friend」にはこれができてない感があって残念だったりします。「ありがとう」という気持ちを「ありがとうという言葉を使わずに表現する」のが大事だと思うからです。


友人との具体的なエピソードから友人への感謝が伝わるような詩じゃないとダメなんじゃないかなぁ・・・って思います。まぁ難しいんですけどね。自分ではできませんし。


あと、情景を想像させる詩も大事だと思うんです。これが参考になるのは、さだまさしさんが書いた「秋桜」の歌詞です。


秋桜 さだまさし - 歌詞タイム


昭和の名曲を聴いてすごいと思うのは、歌1曲で1本の映画を見せて貰ったような感じになる所です。心に歌の中の世界が映像として浮かぶんです。


これは素人にはできません。プロだなぁって思います。


秋桜はこれが伝わりやすい詩だと思うんですけど、どうでしょうか?歌を聴いて映画を見た感覚になりませんか?


こんな感じで、作詞って文章で映像を伝えるような感じがけっこう大事で、単にストレートに伝えるだけだと軽くなってしまう感じってあると思うんです。


現代にはそういうストレートな歌詞がけっこう多いですよね。伝わりやすいけど、でも何か軽く感じてしまいます。


「好き」「愛してる」「ありがとう」禁止令とか、歌詞の中で使っていいのは2回までとか決めると面白いかもしれません。


最後に

10代に人気の曲「Best Friend」を30代の友達が少ないニートが聴くとこんな感想を持ちました。


やっぱ病んでる感が伝わっちゃうかな・・・こいつ寂しい人生を送ってきたんだろうなって感じ。


この歌をどう理解したらそうなるの?って感じかな。友達が少ないからこそ友達がいないんじゃないかって想像してしまう感じは無くもない気がします。


まぁ長々と書いてきましたが、西野カナさんの歌を聴いて私が思った事は一つだったりします。それは・・・


「作曲した人が優秀」


って事。西野カナさんの歌を聴いた時に思ったのはホントにコレだけなんです。


この詩を渡されてこんな良い歌に聴こえるように作曲できるスキルはヤバイと思う。


詳しい事は知りませんが、もし本人が作曲してるなら作曲中心で活動した方が良いんじゃないかって思ってしまいます。


詩がどうこうってよりメロディーが良すぎる。メッチャ良い歌に聴こえるよね?これがすごい、センスの塊だと思う。天才。作曲するために生まれてきたって言ってもいいと思う。


売れる曲はやっぱりメロディーあってこその物だよなぁって再確認させてくれた気がします。


詩は後でじっくり読んで意味を理解するんだと思うし、まずは聴いて貰える作曲あってこその歌だと思いました。作曲した人は天才です、尊敬します。


長々と書いてきましたが、実はこれが言いたくて書き始まったんです。ここまで長かった・・・4300文字だって・・・書いたなぁ・・・


「作曲者が優秀」だけならTwitterて済んじゃうしね・・・ブログ記事にするには足りなくて・・・


洋楽が良い曲に聴こえるのはメロディーが良いからであって、歌詞とか関係ないしね。やっぱ歌は曲が大事だよね。


作曲が大事って言いたいだけで無駄話をしすぎた感がある、今回書いたニートが聴いた「Best Friend」の感想とか普通の人とはかなり違ってて引くよね。歪んでるなぁコイツって。


ここまで読んで貰ってあれですが私が書いた「Best Friend」の感想は忘れて「作曲者が優秀」「作曲が大事」だけ覚えてもらえたらOKです。


それだけ伝わったら満足です。そんな話でした。