ダメ人間ブログ

30代職歴なしニートの闇を放出してるブログです

病気をしたり辛い経験をすると人に優しくなる事ってあるよね?

あなたは優しい方ですか?厳しい方ですか?


優しいという方は過去に人に優しくなるキッカケみたいな出来事ってありませんでした?


分かりやすく言うと、自分が辛い思いをした経験から「他の人に同じ辛い思いはさせたくない」という思考になったかどうかです。


そうなるのが当たり前だよね?普通じゃんって人もいると思いますが、これって意外とすごい事だったりします。


世の中には「自分が辛い思いをしたんだから他の奴も辛い思いをして当然だ」という思考の人もいるからです。私が嫌いなタイプです。バカな体育会系に多い印象です。


私は今となっては「他の人に同じ辛い思いはさせたくない」という感じなんですが、子供の頃はそんな気持ちはあまり持っていませんでした。


辛い経験をあまりしてこなかったせいか、相手の痛みに鈍感な部分があったのかもしれません。


でも今は違います。要するにそうなるにはキッカケがあったんですね。自分が辛い思いをした事と嫌な先輩を反面教師にしたという経験が。


考え方が決定的に変わったのは学生時代の部活での事です。


他人を思いやれるようになった経験の話

体育会系運動部独特の「部活を休む事は許さない、何があっても練習に出ろ」という厳しい先輩がいたんです。当時、真面目だった私はその意見に反対もせず、部活に出るのは当たり前だよね、なんて感じでした。


部員が「今日は風邪気味で辛いので見学させてください」って言っても「ふざけんな、練習に出ろ」っていう感じで相手の辛さなんておかまいなしなのが当たり前です。


私も「風邪くらいで休むなよ」って感じでした。当時はかなり健康体で風邪なんてひかなかったのでその辛さを理解する事ができない部分がありました。


そんなある日、私が風邪をひくという経験がありました。熱も出て、咳も出るし、苦しくて運動とか無理、何とか学校に来たけど1日の授業をギリギリ耐えた感じです。


で、部活の時間になり、ダメ元で部長に「見学させてください」って言ったんですよ。そしたら当然「練習に出ろ、甘えるな」で却下。


その日に限ってOBが来ていていつもより練習が厳しいっていう二重苦、これが災いしました。


その後、風邪がメチャクチャ悪化して3日ほど寝込んでしまったんです。風邪で練習に出てた時、風邪で見学したかった人の気持ちがすごくわかりました。


コレは無理、辛すぎ、ヘタすりゃ死ぬよって・・・。熱が39度の時ってそんな気がするよね。風邪くらいで休むなよなんて思ってごめんなさい、風邪は休むべきだよ、今なら分かるって感じ。


このマジで辛かった経験で、私はちょっと他人の辛さを考えるようになったんです。体調不良とか痛みとかは辛いものだよねって。


今になって思えば、この経験をしなかったら他人の痛みを分からない超嫌な奴のままだったかもしれません。良いタイミングで風邪をひいたなって思います。


この経験があったから、後に自分が先輩になった時、風邪で見学したいって言った後輩には優しくなりました。もし風邪をひいてなかったら厳しいクソ部長みたいだったと思います。


でも、この経験から「風邪か~、じゃあ見学じゃなくて帰って休んだ方が良いよ、帰って休め」って言えるようになりました。練習して悪化したら最悪だしって。


とは言っても、後輩は帰らずに見学してましたけどね。ちょっと怖かったのかな?逆に優しくて。今まで部長派閥で厳しかったからなぁ・・・


でもコレってまあまあの進歩ですよね。ちょっと相手の辛さを思いやれるようになっただけでもマシですよね。


で、まだ話は続きます。厳しい部長時代の出来事です。


今度は部長がある日、風邪をひいたんですよ。顔赤くて熱あるんだろうなって分かるくらい。


でも、いつも後輩に「休むな練習に出ろ」って言ってる手前、休めない部長。頑張って練習に出てましたよ、フラフラでいつもより弱かったですけどね。


まぁ自業自得だったんですが、コレがより部長の厳しさが増す出来事になってしまいました。


その後、体調悪くて休みたいと言った部員に「ふざけんな、俺は風邪でも練習に出たんだ、お前も出ろ、休む必要は無い」ってなっちゃったんですよ。


お前さ、辛かったんだろ?あの時。フラフラだったじゃん?なんで優しくなれないの?今まで悪かった、体調悪い時は休む方がいいってならないってバカじゃないの?って思いました。


自分が耐えたからってバージョンアップして厳しくなるなよ、優しくなれよ、相手の辛さや痛みを思いやれよ。まぁバカだからそんな思考はできないのかもしれないけどさ・・・


なぜ、自分がした辛い思いを他人にさせる必要があるのか分かりません。風邪で練習をするって「超えなければいけない壁」とは違うじゃないですか。


もっとうまくなりたいからキツイ練習をする厳しさとは全然違うでしょ?病気はどうしようもないしさ。


病気で練習に出て悪化させてダメにしちゃうのはその人を潰す事になるよね?いらん厳しさだと思う。根性でどうにかなる問題じゃないしね。運動部は根性が好きだけどさ。


世の中には「自分のした苦痛を他人に与える」タイプの人もいるんだな・・・ってちょっと引きました。無意味な厳しさだと思うんだけどなぁ・・・


優しさは人それぞれの手作りみたいなもの

こういう経験をして、人それぞれ色々なんだなぁなんて思いました。優しくなれない人もいるんだなって。


それから数年経ったある日、フルーツバスケットというアニメを見ていたら、優しさに関する印象的な言葉を言っていました。


漫画やアニメの長いセリフの引用はまずいみたいなんでこちらのサイトで読んでみてください。ちょっと手間ですがお願いします。


フルーツバスケット Vol. 4~ "優しさ"と言うもの @ Cause Everything is RENT :: 隨意窩 Xuite日誌


「人は優しさを持って生まれてこない」って言葉にけっこうドキっとしました。自分はそうだった気がするし・・・


人は生まれた時、欲しか持っていないとか深いなぁ・・・って思います。言われてみればそうかもしれないって思う言葉ってすごいですよね。


それに「優しさとは成長と共に育てていく心」、だから人それぞれっていうのも・・・


ちょっと分かる気がする。現に私の一つの優しさのキッカケは自分が辛い思いをしたという経験からでしたから。あの経験で一つ育ったんですね。


他人の優しさに何か裏があるんじゃないかと疑ってしまう事があったりするのも、優しさの概念が人それぞれで違うからなのかもしれません。


もしかしたら、私が「見学しないで帰っていいよ」って言った後輩は「帰らせて後でサボったとか言って厳しくするつもりじゃないだろうな?」なんて疑っていたのかもしれませんね。


今まで厳しい環境で、練習を休んじゃいけないのが当たり前でやってきたのに「帰って良いとかマジで?怪しい・・・」って感じだったのかも。


だとしたら悲しいなぁ・・・


先ほどのリンク先に書いてあった「疑うよりは信じなさい」という言葉、これは人の優しさに触れた時、最初は素直に受け入れてみる気持ちも大事って事かもしれませんね。その人の精一杯の優しさかもしれませんから。


疑わないと改善しないし進歩しない物もある

「疑うよりは信じなさい」でちょっと思い出しました。


相手の優しさは信用しても良いと思うんだけど、世の中にあるほとんどの物ってちょっと疑った方が良い事ってありません?


「疑わない事には何も改善しないし進歩しない」って考えが私にはちょっとあったりします。


仕事のやり方とか、当たり前でまかり通っている法律、物の値段、価値観、法則など色々。


そのまま受け入れているだけだと惰性で続いてしまって、何も改善する事はない現実ってありませんか?


「これってこうした方が良くない?」って思う事ってありますよね?働いてる時とか作業効率悪いなぁ、これやんなくて良くない?って事とかありません?


それってちょっと疑ったからこそ発見した事だったりしますよね。まぁ大抵は却下されてそのままって事もあると思いますけどね・・・


でも、世の中が良くなっていくのは、どこかの天才が物事を疑ってみた時に発見した何かかもしれません。そのまま受け入れているだけだと何も進歩しないし改善しないんです。


こんな事を前にちょっと思ったなぁって思い出したのでついでに書いてみました。全然関係ない話でしたね。


自分が楽しいからって他人が楽しいとは限らない

大事な事を忘れてました、辛い体験からの優しさと反対の事もありました。


自分が楽しいからって他人も楽しいと思い込んで勝手に盛り上がるタイプっていますよね?けっこう鬱陶しいタイプ。リア充の表向き明るい事をしてる人に多い気がします。


でも、自分が楽しくても他人はつまらない事ってけっこうありますよね。これって気付きにくい。


これは辛さから気付く優しさとは逆で、相手を思いやれる力が試される分野だと思います。気付きにくい優しさとも言えます。


私はカラオケが大嫌いなんですが、カラオケ大好きな人はこの気持ちが分からなくて、無理矢理歌を歌わせようとしてきたりするんですが「カラオケがつまらない奴もいるってのを分かれや」って思ったりします。


結局カラオケには行かないという対策しかありませんでした。「歌下手で恥ずかしいから歌わなくてもいい?」って最初に確認したけど、いざカラオケに行ったら絶対マイクを持たせてきますしね。


昔のバイト先で店長に酒飲みに誘われた時もそうです。私は酒が弱く酒はあんまり飲めません。あと店長との飲みもつまらなくて苦手です。


でも、店長は酒好きだから相手も喜んでるに違いないって感じで、こっちの気持ちは無視でした。まぁ店長なりの優しさっちゃ優しさなんですけどね・・・


こういった人たちは、相手の顔色とか言動とかよく見た方が良いと思いますよ。俺が楽しいからお前も楽しいじゃなくてね。


「俺もつまらない事につき合わされて嫌な事あったなぁ」って経験が無いと難しいかもしれませんけどね。


もし、過去に上司に飲みに誘われて、本当は帰りたかったという経験をして今上司という立場になった方は、部下を飲みに誘う時はちゃんと相手の気持ちを汲みましょう。


「上司に付き合うのは当たり前、俺も苦労した」じゃなくて「やっぱ嫌だよな、上司と飲みに行くとかめんどくさくて時間もかかって」とか考えてみたらどうでしょうか?


まぁこれはニートらしい意見だと思いますね。社会経験が少ないなって。


上司の機嫌をとるのも大事だからなぁ・・・店長と飲みに行ったのと行かないのとでは機嫌が全然違ってたしなぁ・・・


でも、私は店長と飲むのが嫌だったから、奇跡的に働いて仮に上司になったとしたら飲みに誘えないタイプかもしれません。「絶対嫌だよな、第一私と飲むってつまらなくない?」とか考えちゃいます。


今の若い人は家に帰ってやりたい事いっぱいあるだろうし、自分が嫌だった事をさせるのも気が引けるよなぁ・・・って。


私は上に立つより誰かの下で働く方が向いているタイプなんでこういう悩みはないかもしれませんけどね。一生部下体質ですし。


「自分が楽しいから相手も楽しい」「自分が苦労したんだから今の若いのも苦労して当然」みたいな考えはちょっと考えた方が良いと思います。


っていうか、今の若い世代って上司と飲みに行くのが嫌って意見をけっこう見ますけど、あと15年後に自分が上司になったら飲みに誘ったりするんでしょうか?


「飲みに誘わない上司世代」とかいう新しいタイプは生まれないのかな?上司と飲むなんてナンセンス、めんどくさいだけだったみたいな。


過去の自分が嫌だった事をしないっていう人間は増えないのかな?


逆に「部下から飲みに誘われる世代」とかなったら本当に好かれてる上司っぽくて良い気がします。上司に「飲みに連れてってください」とか言える関係って良いですよね。好きな人じゃなきゃ言いませんし。


こんな感じで、自分が楽しいから相手も楽しいみたいな考えもちょっと見直した方が良いと思います。気付きにくい優しさですけどね・・・


最後に

他人に優しくなったキッカケって思い返すとあの経験だったなってありません?あれがなかったら今みたいな考えは持ってなかったなって感じ。


それは甘えだ、辛い経験は大事だから相手にもさせるみたいな、自分に厳しく他人にも厳しい人はちょっと考え直した方が良いですよ。


本当に大切な厳しい体験ですか?それ。ただの無茶を押し付けてませんか?


自分に厳しいのはけっこうです。でも他人にも押し付けるのはどうかと思いますよ。今まであなたと関わってきた人の表情を思い出してみてください。


思い返したら嫌な顔をした人ばかりじゃないですか?喜んで感謝してる人なんています?いなくない?というかあなたの周りに人はいますか?いなくない?


まぁ優しさなんて人それぞれですから、何が正しいかなんて分かりませんけどね。ただ甘くしてダメ人間にさせてしまうパターンもありますし・・・私はこっち寄りかもしれません。


あんまり厳しくできないんですよね。これやらせたら辛いだろうなぁってなっちゃって。これはこれでダメですよね。


何事も丁度良い真ん中の人が一番いいのかもしれませんね。そんな人いたっけ?って気もしますけどね。


まぁ自分が辛かった事を相手にさせないだけで、けっこう平和な感じにはなりますから、そういう考えは良い事だと思います。


「優しさはその人の経験からできている物」なのでちょっとやっかいな優しさもありますが、経験で変わる事もあるので、変な感じだったら相手にそれを伝えて改善してもらう事も大事かもしれません。


とりあえず「辛い思いをしたら同じ辛さを他の人には味わって欲しくない」みたいな人が増えると良いなとは思います。